受賞のコメント
2021年 第52回星雲賞 受賞のコメント
星雲賞贈賞式に先立ちまして、受賞者の方々から受賞コメントを頂きましたので、掲載させていただきます。
日本長編部門(小説)
『星系出雲の兵站』
このたびは『星雲賞日本長編部門』にあまたの作品群の中より拙作を選んでいただきありがとうございます。とはいえ正直なところ、いまひとつ実感がありません。これは受賞など慣れていないこともありますが、一番大きいのは、コロナ禍の影響でしょう。
私自身、この一年半、電車で二〇キロ以上の遠距離を移動したことがありません。飛行機の搭乗手続きなど半分忘れかけてます。主観的には現実世界が物理的に狭くなった。
一方で、技術の進歩は対面によらない会議を普及させ、日本SF大会の企画運営や星雲賞の選考などが行われてきたわけです。
つまりこの実感のなさとは、目に見える世界の縮小と技術の進歩による世界の拡大のギャップにあると言えるでしょう。現実世界はそういう意味では、個人の実感では測れないような、多様で重層的なものであることを教えてくれたような気がします。
この点では『星系出雲の兵站』というシリーズも、多くの人がかかわって完結したという意味では、多様で重層的かもしれません。小説を書いたのは私でも、内容を吟味する編集者がいて、さらに作者や編集者とのやりとりで表紙を創ってゆくイラストレーターがいる。そして何より読者の存在で、シリーズは完結するまで続けられた。受賞に実感はないとしても、これらの条件が揃った幸運を実感している日々でございます。
日本短編部門(小説)
「アメリカン・ブッダ」
このたびは第52回星雲賞日本短編部門にて「アメリカン・ブッダ」を選んで頂きまして、誠に光栄に存じます。
本作は、まさしく2020年前半の混乱のさなかに執筆を始め、いかような未来を想像すべきかと頭を捻って出てきたものであります。そもそもワシは基本的に作品のオチが薄暗く、陰鬱で、寂しげなものばかり書いてきた気がします。きっとそうです。しかし一方、明るいものを描いていきたいという思いを強く持っております。食べ物で喩えるならポップコーンやマシュマロのような、優しくも楽しげなものです。そういった意味では「アメリカン・ブッダ」というものは、やや寂しげながらも未来への希望を込めた作品で、まさに縁日の綿あめのような存在です。ワシが書きたいと願ったものに近づけたのです。故に、こうして選ばれたことは何よりの喜びであります。やったー!
といったわけで、ワシはこれよりもポップコーンやマシュマロやプリンのような、世界のこどもたちにも愛されるような作品を描けるよう精進して参ります。ちなみにですが、以前にマシュマロを作った際は大失敗しました。料理の話です。
「オービタル・クリスマス」
正直に申しますと、完全に忘れていました。
候補に自作が並んだ時点で最高潮の盛り上がりを迎え、その後、つい先日行われた第51回の発表はほぼ後夜祭気分。完全に今年の星雲賞はもう終わった、と誤解していたんです。
なのでお知らせの連絡を頂いたときはてっきり何かクレームだと思い、ごめんなさいの「ご」の口の形で電話に出ました。
そうしたら、まさかの受賞のお知らせ。間違った口のまま「ごりがとうございます」と言ってしまいました。
しかもW受賞。柴田氏の『アメリカン・ブッダ』は、わたし、解説書いてますからね。実質これもわたしが受賞したと言っても過言ではありません。さらに、自由部門の『疫病退散の妖怪アマビエ』、これもわたしです。ナカノヒトです。と、いうことは、三冠?
以前頂いた、ノンフィクション部門と暗黒星雲賞を合わせたら、五冠です。そろそろベスト星雲ニストをいただけるかもしれません。
という舞い上がったコメントはさておき。
ひとえにこれは、堺さんの原作の良さ、わたしの退路を巧みに断ってくれた大森さんの手腕、そしてびしびし直してくれた河出の編集者さま、そして何より票を入れて下さった皆様のおかげであって、わたしの功績は3%くらいかと思います。
クリスマスに起きた奇跡が、わたしにも奇跡をもたらしてくれました。ありがとうございます。
池澤さん、星雲賞受賞おめでとうございます。池澤さんにノベライズをお願いしてほんとに良かったです。映画の方もどこかの映画祭で注目してもらえますように。
海外長編部門(小説)
『三体II 黒暗森林』
劉慈欣『三体Ⅱ 黒暗森林』にご投票くださったみなさま、ありがとうございました。刊行以来、ふだんSFを読まない読者諸氏からも、「最高に高まった期待をさらに超えてきた!」とか「今まで読んだ本の中でいちばん面白い」とか「面白すぎて鼻血が出た」とか「花粉症が治った」とか、さまざまなご好評を頂いてますが、SFファンのみなさんにどう評価されるか一抹の不安もあったので、今回、お墨つきを得た気分です。
もっとも、大森は最終的な訳文の仕上げを担当しただけなので、この栄誉は、著者の劉慈欣氏はもちろん、共訳者である立原透耶、上原かおり、泊功、カバーの富安健一郎、担当編集者の梅田麻莉絵、清水直樹をはじめとする早川書房の方々など、この三部作の日本語版刊行のためにベストをつくした各氏のものです。
前作と比べてものすごい大風呂敷が広がった『Ⅱ』ですが、完結篇の『三体Ⅲ 死神永生』ではその大きさが指数関数的に増大。しかも、目を凝らすと随所にものすごく緻密なタッチでとんでもない模様が描いてあり、眺めるうちに時間を忘れ、現実を忘れる――そんな〝SFの魔法〟が縦横無尽に駆使されています。21世紀最高のワイドスクリーン・バロックだと勝手に思っているので、万がいち未読の方はぜひ。また、今年11月には劉慈欣初の邦訳短篇集が刊行予定。さらに、宝樹『三体X 観想之宙』、『三体』前日譚となる劉慈欣『球状閃電』および第一長篇『超新星時代』(以上、原題)も待機中。祭りはまだまだ続きます。
やった! さすが『三体』、さすが劉老師! と思わず声を上げました。二年連続の受賞おめでとうございます。これはもう三連覇を狙うしかありませんね。と今から期待しております。
今回わたしは共訳として一部分の翻訳を担当させていただきました。難しい理系の描写などは、実はこっそり理系の人に尋ねたりしつつ、うんうん唸りながらも、その壮大なイメージにワクワクしていました。ちょっとだけ本音を吐くとベルサイユ宮殿のあたりのラブラブシーンは、恋愛音痴としてはいささか苦しいものがありました。そういった大変な部分も何もかもを大森望さんにどーんとお任せしてしまえる安心感というのは格別で、これに慣れてしまうと今後のお仕事に影響が出るのではないかというほど。そして今回ご一緒した上原かおりさんは長く中国SFを研究されてきた学者さんですし、泊功先生は中国語の堪能さに加えて仕事の速さと正確さがサイボーグかという方で、本当にいろいろと勉強になりました。とても楽しい、そして得難い経験をありがとうございました。また編集の梅田さんにも心から感謝を。
何よりも読んでくださったみなさま、投票してくださった皆々様に、溢れんばかりの愛と感謝をお伝えできれば幸いです。
本当にありがとうございました。
海外短編部門(小説)
「ジーマ・ブルー」
アレステア・レナルズの作品が星雲賞を受賞するのは、2008年海外短編部門の「ウェザー」以来です。この原著は2006年発表だったので、ほとんど時差なく邦訳できたのですが、今回賞をいただいた「ジーマ・ブルー」はじつはこれよりもっと古くて、2005年の発表作品。つまりいまから16年前に書かれた作品ということになります。著者の初期短篇集の表題作になるほど評価が高いのに、これまで訳す機会がありませんでした。これを橋本輝幸さん編纂のアンソロジー『2000年代海外SF傑作選』に収録作として選んでいただいたおかげで、ようやく読者の皆様にお届けできました。あやうく歴史に埋もれてしまうところだった作品に、慧眼によって日のめを見させてくださった編者の橋本さんに心より御礼申しあげます。
レナルズは2000年代に大型の長篇作品で日本の読者に認知された作家ですが、最近はあちこちのアンソロジーに旧作や新作の短篇を載せています。この7月にも初期短篇の「スパイリーと漂流塊の女王」が東京創元社刊の『不死身の戦艦 銀河連邦SF傑作選』に再録されました(全面改訳しました)。じつはほかにも邦訳準備中の作品があります。ここしばらくは短編作家としてレナルズにご注目いただければさいわいです。
中原尚哉
メディア部門
『ウルトラマンZ』
50メートルの怪獣や宇宙人が暴れまわるというだけで、それはもう空想でしかあり得ない。SFのSは基本成立し得ない。というのは分かっていながら、それでも数々の作品が挑戦し続けてきました。自分も、ここ数年毎年ウルトラマンを監督しながら、何とかSFと言えるものにしたいと試行錯誤してきました。そして、限りある予算の中で、何とか現状のベストを捻り出そうと、スタッフ・キャスト一丸となって作り上げたのが『ウルトラマンZ』でした。星雲賞を受賞出来たということは、本作が「SF」として認められたということだと思うので、大変嬉しく思います。引き続き、精進します。
コミック部門
『きみを死なせないための物語(ストーリア)』
歴史ある星雲賞をいただき、驚きと感謝で胸がいっぱいです。ありがとうございます。
SFとの出会いは、小学校図書室の岩崎書店SFロマン文庫30冊でした。何度も借りては読み、中でもゴドウィン作『宇宙の漂流者』に夢中でした。
やがてSF少女漫画の傑作の数々を知り、少女漫画のリリシズムとSFのイマジネーションの融合に心奪われます。漫画家になってからは出版社にSF少女漫画の企画書を出しては「今はSFは難しい」と返されることを繰り返しました。この作品の雛形制作から雑誌掲載にこぎつけるまでに15年の月日が必要でした。
応援してくださった読者の皆様、 様々なご協力と気持ちの支えをくださった東京都立大学の佐原宏典教授と研究室の皆様、SFに挑戦させてくださった秋田書店の皆様、中澤泉汰先生と作画スタッフの皆様、そして今、SFをこの上なく愛する皆様が栄誉ある賞で大きな励ましをくださったことに、心から感謝いたします。ありがとうございました。
この度は素晴らしい賞をいただき、光栄です。原稿制作にあたり、ご協力・ご指導いただきました東京都立大学の佐原宏典教授に、心より感謝申し上げます。この物語の世界を描き続けていると、宇宙に浮かぶ巨大建造物がどこかに本当にあるような、伸縮するテザーを巻き取る機械音までも聞いたことがあるような気がしています。作品を通じ、少しでも多くの方に、そんな世界に心ときめいていただけたら嬉しいです。
『鬼灯の冷徹』
この度は第52回星雲賞コミック部門受賞という名誉を頂きまして誠にありがとうございます。SFファンの方が選ぶ賞ですのでまさか自身の作品をお選び頂けるとはと驚いております。大変嬉しいです。
『鬼灯の冷徹』は内容としては王道なSFものとは言えませんが、作者の私自身は映画でも漫画でも小説でもゲームでもSF作品が大好きですので相当影響を受けたと思います。 私は子供の頃、動物図鑑と、SF・ミステリー・怪談の小説ばかり好む傾向があり、星新一と『タイムマシン』を夢中で読んだ事は今でもよく覚えています。映画は『ジュラシックパーク』や『スターウォーズ』『アダムスファミリー』等が好きでした。SFと怪奇とブラックジョークを混ぜた趣味は子供の頃から変わっていないと改めて思います。
どれも“非現実的又は設定が突飛だけれども、どこかで現実の世界とは確実に繋がっており、別世界を描く事でかえって顕著に現実世界の風刺になっている”のが特徴かもしれません。 学生~大人になってからは映画『羊たちの沈黙』や漫画『漂流教室』等に感銘を受けましたが、こうして改めて書いてみると根底にある根本的な好み・感動する点はやはり変わっていないようです。
長々と書きましたがこういった趣向ですので下らないコメディを描きつつも見てきたものの要素がどこか滲み出ているのかもしれません。 大好きなSF世界に関わる賞を頂けて大変光栄です。改めて、ありがとうございます。
アート部門
シライシユウコ
この度は、前年に続きアート部門を受賞させて頂き誠にありがとうございます。
お伺いした時は予期せぬことに頭がバグってしまい、脳の理解が遅れ、SF小説でよく見る人工脳にバグが生じる現象とは体感としてこんな感じなのかなと、受賞の旨をお伺いし「えっ!?」とお返事する約1秒間の間に考えておりました。
人間の脳は凄いものです。状況を理解できない混乱した自分の現状把握と、人工脳があるとしたらこういうものかと想像する思考と、「えっ!?」という一言を口から発する行動とが約1秒の間にすべて処理されていたわけです。今思うと、人間という生き物は軽いパニックに見舞われた瞬間脳みそが高速稼働する生き物なのだなと関心します。
このコメントを書いている今現在も実感乏しく、数多くの表現者が活躍する今の時代において続けて受賞させて頂くことに気後れする思いもありますが、票を投じて下さった方々が入れて良かったと思って頂けるよう、より帯を締める思いで自分にできることを今後も尽力して参りたいと思います。
ありがとうございます。
ノンフィクション部門
『NHK 100分de名著『アーサー・C・クラークスペシャル ただの「空想」ではない』』
このたびは、NHK「100分de名著」の番組テキスト『アーサー・C・クラーク スペシャル』に星雲賞ノンフィクション部門の賞をいただきまして、本当にありがとうございます。
私自身、年来のSF好きで、いつかクラーク作品に関わる仕事をしてみたいと夢見ておりました。数ある名作のどれを取り上げるか悩みに悩みましたが、結果的に「太陽系最後の日」「幼年期の終わり」「都市と星」「楽園の泉」の四作に決まったのは、瀬名さんの「センスのよさ」あってのことと深く感謝します。これらの作品はクラークのターニングポイントに当たっており、並べて論じることによって、さながらクラークの生涯をたどる一大絵巻ともなっています。
企画当初の目論見として、SFの魅力の深さに開眼してほしいという思いもありました。瀬名さんによる情熱溢れる筆致、解説にクラークの人生を織り込む巧みな構成、科学することの喜びを伝えるメッセージ等々のおかげで、その目論見は100%以上叶えられました。
ファンの手によって選ばれる星雲賞を受賞できたことは、SFファンの一人として光栄の至りです。小松左京さん、半村良さん、筒井康隆さんといった歴代受賞者は、私の思春期の感性を育ててくれた恩人というべき人々……この歴史ある賞の名に恥じないよう、これからもSF界の発展に貢献できるようなコンテンツを制作してまいりたいと思っています。